二上山のシダ植物 

1.はじめに
二上山は,金剛生駒紀泉国定公園の奈良県葛城市と大阪府南河内郡太子町に位置し、標高517mの雄岳と474mの雌岳の山頂がある。居住区から近くに位置し、交通の便もよいために多くの登山者が訪れている。植生は,主にスギ,ヒノキ植林とアラカシなどの高木や亜高木の下層にヒサカキ,アオキ,イヌビワ,ハナイカダの低木,イノデ,シケチシダ,リョウメンシダなどのシダ植物が生育する常緑樹林とコナラ,ウラジロノキ,モチツツジ,コウヤボウキなど亜高木や低木の林床に、ウラジロ、コシダ、ベニシダ生育する落葉樹林が混生する。
 二上山のシダに関する記録は、大阪府植物誌(堀,1962)や大阪府の植物目録(桑島,1990)、奈良県のシダ植物(辻本、2006)などにある。しかし、二上山に生育するシダ植物をまとめた記録ではない。そこで、2015年から2016年にかけて、二上山の山道を歩いてどのような種類のシダ植物が生育するか調べた。



2.調べた区域と方法
調査した区域は,奈良県葛城市加守,染野,新在家,當麻,香芝市畑,大阪府南河内郡太子町山田である。調査は,2016年と2017年の間に行い、生育していたシダ植物を採集し,標本を作成し,同定を行った。作成した標本は,大阪教育大学理科教育講座の標本庫に保存した。シダ植物の分類群の配列は「日本の野生植物シダ」(岩槻邦男,1992)に従った。また,和名,学名は,日本産シダ植物標準図鑑(海老原 淳)を使用した。



3.二上山とその周辺のシダ植物の特徴
今回の調査の結果、二上山とその周辺のシダ植物は20科94種9変種1雑種1の合計104分類群が確認された。二上山に隣接する大阪府教育大学柏原キャンパスには13科21分類群のシダ植物が確認された(岡崎・赤井,1996)。大阪府植物誌には、金剛山山頂に56種類のシダ植物があったと記載されている(堀,1986)。これらの記録と比較しても二上山には多くのシダ植物が生育していると考えられる。
 二上山の落葉樹林は,稜線やその斜面、山頂付近に分布し、亜高木層は主にコナラ,ヤマザクラ,ウラジロノキ,マルバウツギ,リョウブなどの落葉広葉樹やヒサカキ,アラカシ,ソヨゴなどの常緑広葉樹で構成され,低木層は, コバノミツバツツジ,ヤマウルシ,ツクバネウツギ,コウヤボウキ,モチツツジ,ネジキ,コバノガマズミで構成される。このような樹林の林床には、主にベニシダやワラビ、コシダなどが見られるがシダ植物は少ない。シダ植物の多くは、谷沿いやその斜面のスギ・ヒノキ植林の林床に生育する。スギ・ヒノキ植林の高木層と亜高木層には,スギとアラカシ,低木層には,ヒサカキ,ナワシログミなどが見られる。草本層には,ショウジョウバカマ,フユイチゴ,ネザサ,コクランが見られ、シダ植物はイノデ,リョウメンシダ,キジノオシダ、ミゾシダ、シケチシダ,ヤマイヌワラビ、オニカナワラビ,ナンゴクナライシダ,シシガシラ,トウゴクシダなどが繁茂している(図3)。


図4.クジャクフモトシダ。二上山には5カ所で確認できた。スギ・ヒノキ植林の林床に生育する。イシカグマとフモトシダの雑種との記載がある。

図5.オオバノアマクサシダ。二上山とその周辺に少ないながら見つかる。

図6.シロヤマシダ。二上山のスギ・ヒノキ植林の谷筋や窪地形で見つかる。大きな群生がある。

図7.ヒカゲワラビ。二上山とその周辺に見つかるが、見つかっても少ない。

 クジャクフモトシダ(図4)、オオバノアマクサシダ(図5)、シロヤマシダ(図6)、ヒカゲワラビ(図7)は、奈良県版レッドデータブックの中で希少種としての記載がある。オオバノアマクサシダが確認できたのは,1カ所だけで1個体の可能性がある。クジャクフモトシダは2カ所で確認できた。それぞれ1個体の可能性がある。奈良県版レッドデータブックの記載はないが、大阪府植物目録(桑島,1990)の中で希少なものとして記載があるシダ植物として,ウラボシ科のビロードシダ(図8),イワデンダ科のタニイヌワラビ(図9),オニヒカゲワラビ(図10)、ミヤマノコギリシダ(図11)、セイタカシケシダ、オシダ科のナガバノイタチシダ(図12)、チャセンシダ科のトキワトラノオ、シノブ科のシノブ、コバノイシカグマ科のケブカフモトシダ、イノモトソウ科のオオバノハチジョウシダが確認できた。また、桑島の記録以外に奈良県のシダ植物(辻本,2006)には,希であるために産地記録のあるシダ植物として、オシダ科のエンシュウベニシダがあり、「やや稀」と記載されるシダ植物として、ナガバヤブソテツ、キヨスミヒメワラビがある。
オオバミヤマノコギリシダ(図13)は情報が少ないシダであるが、二上山周辺には2か所で産する。ホソバノコギリシダ(図14)もまた、二上山の南に2か所産地がある。
 タカサゴキジノオシダ(図15)の群生地には、キジノオシダ、オオキジノオシダが混成いしている。タカサゴキジノオ、オオキジノオ、キジノオシダの個体数を上の山道で調べたところ10uあたり2.1個体、4.7個体、4.0個体数えることができた。同様に下の山道ではそれぞれ1.4個体、3.2個体、2.8個体数えた。合計した割合は20%、43%、37%になった。タカサゴキジノオは、様々な密度で斜面全体に分布しており、全体でおそらく100個体から200個体ほど生育すると思われる。それそれの間の雑種も見られる。

図8.ビロードシダ。二上山の中腹の比較的明るい岩場の陰に見られる。

図9.タニイヌワラビ。二上山のふもとに何か所かに散在して見られるが、そのうち一か所の谷地形には、かなりの個体が見られる。

図10.オニヒカゲワラビ。竹内周辺では当麻の一か所に見られる。シロヤマシダが生育するスギ・ヒノキ植林にシロヤマシダと隣接して10個体あるように見える。1個体は流れをはさんだ向かいにあるが、他のものは固まって見られるので実際の個体数はもっと少ないと考えられる。

図11.ミヤマノコギリシダ。二上山周辺では、二上山から当麻、竹内を経て生駒山系南部にかけて分布するが、どこにでも見られるシダでもない。主にスギ・ヒノキ植林の谷沿いや乾燥しない斜面と林床に散在している。見つかればたくさんの葉身が見られるが、根茎が長く匍匐することから見た目よりも個体数は少ないと思われる。。

図12.ナガバノイタチシダ。二上山とその周辺に散在して見られるが、多くない。。

図13.オオバミヤマノコギリシダ。オオバノコギリシダ(図3)が一般の植物図鑑に掲載されたのは、日本産シダ植物標準図鑑(海老原、2017)が最初である。その中で、このシダが従来ミヤマノコギリシダの変化範囲とされていたが実際はヒロハノコギリシダに近縁な独立種であると記述されている。二上山のスギ・ヒノキ植林で見つかる。

図14.ホソバノコギリシダ。日本のシダ植物図鑑3(倉田・中池、1983)では、ミヤマノコギリシダの下部羽片の幅が狭く、ほとんど切れ込まないものをホソバノコギリシダと呼ばれるとある。日本のシダ植物図鑑(岩槻、1992)では、ミヤマノコギリシダの変種として扱われた。日本産シダ植物標準図鑑(海老原、2017)では独立種となった。葛城市では当麻町に大きな群落が2か所(20m×30mの範囲に5つの群生、20m×20mに密集)、竹内の南部に生育地が2か所(1m×1m、1m×2m)ある。スギ・ヒノキ植林の林床に、山の窪地や谷筋に生育する。。

図15.タカサゴキジノオシダ。多くのタカサゴキジノオは、オオキジノオやキジノオシダと混生しているので、両者の雑種であるアイキジノオやハガクレキジノオも混ざっている可能性もある。いくつかの個体を調べたところ、オオキジノオやキジノオシダのような形状で葉柄の上部の断面が台形になっている個体があった。そのうちの1個体の胞子は、小さい胞子と大きい胞子が混ざっていてふぞろいだった。それらのことを考えるとタカサゴキジノオとオオキジノオかキジノオシダの雑種の可能性がある。

 


二上山のシダ植物リスト 




 Lycopodiaceaeヒカゲノカズラ科
1 Lycopodium serratum Thunb.トウゲシバ
a. L. serratum Thunb. var. longipetiolatum Spring オニトウゲシバ
Selaginellaceae イワヒバ科
2 Selaginella involvens (Sw.) Spring カタヒバ
3 S. remotifolia Springクラマゴケ
Equisetaceae トクサ科
4 Equisetum arvense L. スギナ
Ophioglossaceae ハナヤスリ科
5 Botrychium japonicum (Prantl) Underw. オオハナワラビ
6 B. ternatum (Thunb.) Sw. フユノハナワラビ
Osmundaceae ゼンマイ科
7 Osmunda japonica Thunb. ゼンマイ
Plagiogyriaceae キジノオシダ科
8 Plagiogyria euphlebia (Kunze) Mett. オオキジノオ
9 P. japonica Nakai キジノオシダ
10 P. adnata (Blume) Bedd. var. adnata タカサゴキジノオ
  Gleicheniaceae ウラジロ科
11 Dicranopteris linearis (Burm.f.) Underw. コシダ
12 Diplopterygium glaucum (Houtt.) Nakai ウラジロ
Schizaeaceae フサシダ科
13 Lygodium japonicum (Thunb.) Sw. カニクサ
Hymenophyllaceae コケシノブ科
14 Vandenboschia kalamocarpa (Hayata) Ebihara ハイホラゴケ
Dennstaedtiaceae コバノイシカグマ科
15 Dennstaedtia hirsuta (Sw.) Mett. イヌシダ
16 D. scabra (Wall. ex Hook.) T.Moore コバノイシカグマ
17 Hypolepis punctata(Thunb. ) Mett. ex Kuhn イワヒメワラビ
18 Microlepia marginata (Panzer ex Houtt.) C.Chr. フモトシダ
a. M. marginata f. yakusimensis H. Ito ケブカフモトシダ
b. Microlepia x bipinnata (Makino) Shimura クジャクフモトシダ
19 Pteridium aquilinum (L.) Kuhn var. japonicum Nakai ワラビ
Lindsaeaceae ホングウシダ科
20 Odontosoria chinensis (L.) J.Sm. ホラシノブ
Davalliaceae シノブ科
21 Davallia mariesii T.Moore ex Baker シノブ
Parkeriaceae ホウライシダ科
22 Adiantum monochlamys D.C.Eaton ハコネシダ
23 Coniogramme intermedia Hieron. イワガネゼンマイ
24 C. japonica (Thunb.) Diels イワガネソウ
25 Onychium japonicum (Thunb.) Kunze タチシノブ
Pteridaceae イノモトソウ科
26 Pteris cretica L. オオバノイノモトソウ
27 P. multifida Poir. イノモトソウ
28 P. terminalis Wall. ex J.Agardh var. terminalis オオバノハチジョウシダ
a. P. terminalis Wall. ex J.Agardh var. fauriei (H.Christ) オオバノアマクサシダ
29 P. semipinnata L. アマクサシダ
Aspleniaceae チャセンシダ科
30 Asplenium incisum Thunb. トラノオシダ
31 A. pekinense Hance トキワトラノオ
Blechnaceae シシガシラ科
32 Blechnum niponicum (Kunze) Makino シシガシラ
Dryopteridaceae オシダ科
33 Arachniodes amabilis (Blume) Tindale オオカナワラビ
34 A. simplicior (Makino) Ohwi var. major (Tagawa) Ohwi オニカナワラビ
35 A. miqueliana Ohwi ナンゴクナライシダ
36 A. borealis Seriz. ホソバナライシダ
37 A. simplicior (Makino) Ohwi ハカタシダ
38 A. standishii (T.Moore) Ohwi リョウメンシダ
39 Cyrtomium acutidens Christ ex Matsum. キレハヤブソテツ
40 C. devexiscapulae (Koidz.) Ching ナガバヤブソテツ
41 C. falcatum (L.f.) C.Presl オニヤブソテツ
42 C. fortunei J.Sm. ヤブソテツ
a. C. fortunei var. clivicola (Makino) Tagawa ヤマヤブソテツ
43 Dryopteris atrata (Wall. ex Kunze) Ching イワヘゴ
44 D. bissetiana (Baker) C.Chr. ヤマイタチシダ
45 D. championii (Benth.) C.Chr. ex Ching サイゴクベニシダ
46 D. erythrosora (D.C.Eaton) Kuntze ベニシダ
47 D. fuscipes C.Chr. マルバベニシダ
48 D. hikonensis (H.It?) Nakaike オオイタチシダ
49 D. hondoensis Koidz. オオベニシダ
50 D. lacera (Thunb.) Kuntze クマワラビ
51 D. maximowicziana (Miq.) C.Chr. キヨスミヒメワラビ
52 D. medioxima Koidz. エンシュウベニシダ
53 D. nipponensis Koidz. トウゴクシダ
54 D. sacrosancta Koidz. ヒメイタチシダ
55 D. sparsa (Buch.-Ham. ex D.Don) Kuntze ナガバノイタチシダ
56 D. uniformis (Makino) Makino オクマワラビ
57 Polystichum polyblepharon (Roem. ex Kunze) C.Presl イノデ
58 P. pseudomakinoi Tagawa サイゴクイノデ
59 P. tagawanum Sa.Kurata イノデモドキ
60 P.longifrons Sa.Kurata アイアスカイノデ
61 P. tripteron (Kunze) C.Presl ジュウモンジシダ
62 P. tsus-simense (Hook.) J.Sm. ヒメカナワラビ
Thelypteridaceae ヒメシダ科
63 Stegnogramma pozoi (Lag.) K.Iwats. subsp. mollissima (Fisch. ex Kunze) K.Iwats. ミゾシダ
64 Thelypteris acuminata (Houtt.) C.V.Morton ホシダ
65 T. angustifrons (Miq.) Ching コハシゴシダ
66 T. decursivepinnata (H.C.Hall) Ching ゲジゲジシダ
67 T. dentata (Forssk.) E.P.St.John イヌケホシダ
68 T. granduligera (Kunze) Ching ハシゴシダ
69 T. japonica (Baker) Ching ハリガネワラビ
70 T. laxa (Franch. et Sav.) Ching ヤワラシダ
71 T. torresiana (Gaudich.) Alston var. calvata (Baker) K.Iwats. ヒメワラビ
Woodsiaceae イワデンダ科
72 Anisocampium niponicum (Mett.) Y.C.Liu, W.L.Chiou et M.Kato イヌワラビ
73 Athyrium iseanum Rosenst. ホソバイヌワラビ
74 A. otophorum (Miq.) Koidz. タニイヌワラビ
75 A. vidalii (Franch. et Sav.) Nakai ヤマイヌワラビ
76 A. wardii (Hook.) Makino ヒロハイヌワラビ
77 Cornopteris decurrentialata (Hook.) Nakai シケチシダ
78 Deparia dimorphophylla (Koidz.) M.Kato セイタカシケシダ
79 D. japonica (Thunb.) M.Kato シケシダ
80 D. lancea (Thunb.) Fraser-Jenk. ヘラシダ
81 Diplazium mettenianum (Miq.) C.Chr. ミヤマノコギリシダ
82 Diplazium fauriei H.Christ ホソバノコギリシダ
83 D. hayatamae N.Ohta et M.Takamiya オオバミヤマノコギリダ
84 D. squamigerum (Mett.) Matsum. キヨタキシダ
85 D.nipponicum Tagawa オニヒカゲワラビ
86 D. chinense (Baker) C.Chr. ヒカゲワラビ
87 D.hachijoense Nakai シロヤマシダ
88 Anisocampium sheareri(Baker)Ching ウラボシノコギリシダ
  Polypodiaceae ウラボシ科
89 Lemmaphyllum microphyllum C.Presl マメヅタ
90 Lepisorus thunbergianus (Kaulf.) Ching ノキシノブ
91 Pyrrosia linearifolia (Hook.) Ching ビロードシダ
92 P. lingua (Thunb.) Farw. ヒトツバ
93 Selliguea hastata (Thunb.) Fraser-Jenk. ミツデウラボシ